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鶴見俊輔さんのお話

 投稿者:ミネ  投稿日:2008年 2月11日(月)11時02分40秒
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  雪のため電車が少し遅れたので、会場に入った時には
すでに勤行が始まっていました。どこの席に座ろうかと
一瞬ためらったのですが、もしかしたら鶴見さんに再び
会うことはできないかもしれないと思い、1番前のまん真ん中の
席へ。時々、鶴見さんと目が合って、ドキドキしました。

さて、お話しの内容ですが、
「私のあった戦争〜〜9条を支える私とは何か?」ということで
話します、と言って始められました。

・母は幼い私を殴ったり蹴ったりした。まるで権力と正義だった。
 「お前は悪い」と母から言い続けられ、それは私の中に
 真っ直ぐに入り、今でも自分は悪い人間だとずっと思っている。
 もちろん親鸞の言う「悪人」ではないかれど、でもそういう思いが
 自分を貫いている。

・家に「張作霖爆殺」の号外が投げ込まれた。日本人がやったと知り、
 「日本人て、悪いやつだなあ」と5歳の頃にすでに思っていた。
 日本人は日本人の偉い人のことを悪く言わないのが不思議だった。
 理解できなかった。

・正義の人ははた迷惑である。正義の人には屈服しない。悪人で通す。
 「世界の悪人よ、団結せよ」と言いたい。

・ハーバード大学にいた時、日米開戦になり、監獄に入れられたが
 交換船に乗って帰ることを決意した。日本の正義を信じたのではない。
 残っていれば監獄で生き残れるけれど、100%日本が負けると
 信じていたので、負ける時には負ける側にいたいと思って、帰国した。
 帰国後、区役所に行ったら「東京都最後の徴兵検査に間に合います」と
 言われ、相当、がっかりしたした。第2乙で合格。
 親の金で敵国に留学していた者は、国民として教育する必要があると
 思われたのでしょう。

 招集される前に、海軍に志願し、ドイツ語の通訳になった。
 上官から与えられた任務は、敵のニュースを聞いて、新聞を毎日
 作るという事だった。日本の情報では、あてにならないから。

・ある日、隣の部屋にいる軍属に命令がおりた。捕虜になっている
 ポルトガル領ゴアの黒人が病気になったが、日本人の軍人にさえ
 分ける薬がないのだから、毒殺せよということだった。黒人は
 部屋に入ってくる彼が薬を持ってきてくれたものと思い、感謝。
 連れて行った場所にはすでに穴が掘られていた。
 なかなか死なないので、射殺した。「実に嫌なことだった」と
 彼は言った。

 もしかしたらその命令は自分に下っていたかもしれない。
 捕虜を殺すのは法律違反だから、上官にはっきり言えばよかったが
 自分は言わなかった。戦後の東京裁判でも証言しなかった。
 東京裁判は勝者の裁判だと思っていたから。
 でも、捕虜を殺すのは国際法違反だと言えなかった後ろめたさは
 今も残っている。

・もし私が人を殺す立場になって、殺したとしたら
 「私は人を殺した、だが、人を殺すのは良くない」と一言で
 言える人間になりたい。

鶴見さんは終始、穏やか口調で話されていたが、時々眼光が鋭くなり、
会場の私たちをじっと見据える場面が何度もあった。そのたびに
私に言われているようで、うなずいたり、ドキドキしたり。


2005年に発足したという本願寺派の「念仏者9条の会」の
信楽峻麿さんからは、「千数百人の会員がいて、ミャンマーの僧侶の
支援をしている」との報告があった。

さて、これから私たちに何ができるのだろう。
今後の具体的な取り組みを話し合う二次集会が5時から
行われたが、雪の影響が心配ですぐに京都を離れた。
出席した人から、話しを聞きたいと思っている。
 

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